2022年1月1日から新設された雇用保険マルチジョブホルダー制度とは、複数の事業所で勤務する65歳以上の労働者が、2つの企業での労働時間を合計して雇用保険の要件を満たすとき、労働者の希望により雇用保険の被保険者となることができる制度です。
マルチジョブホルダー制度の背景
昨今、副業兼業などの柔軟な働き方に関心が高まっています。
マルチジョブホルダーとは、2つ以上の企業に雇用されている労働者を指し、大きく2つの働き方があります。
・本業でフルタイムに近い就業をしつつ副業で週に数時間の労働を行う働き方
・本業・副業ともに短時間のパートタイムやアルバイトを組み合わせる働き方
厚生労働省では、本業・副業とも週の所定労働時間が20時間に達しないが、2つ以上の企業の所定労働時間を合わせれば雇用保険の適用対象になるマルチジョブホルダーを雇用保険の適用・給付の対象とするかどうかについて、2018年より検討していました。
近年、65歳以上の労働者では、定年および継続雇用制度の期間を過ぎての就労が多様化しており、マルチジョブホルダーとしての働き方が増加していると言われています。そこで、まずは65歳以上の労働者を対象に、本人の希望による申出を起点に雇用保険に加入する制度として、2022年1月から試行的に雇用保険マルチジョブホルダー制度を実施し、施行後5年を目途にその効果などを検証することになりました。
厚生労働省
雇用保険とは
雇用保険は、自身の労働により給与を得て生計を立てている労働者が、離職後の生活の安定や雇用の継続を図るための制度です。
雇用保険の適用対象者の要件
以下のいずれにも該当する労働者です。
①1週間の所定労働時間が20時間以上であること
②31日以上の雇用見込みがあること
現在の制度では、2つ以上の雇用関係にある労働者は、1か所でしか雇用保険に加入できません。
雇用保険マルチジョブホルダー制度は、以下の適用対象者の要件を満たすとき、労働者の申出によって雇用保険の被保険者となることができます。
この制度を利用して雇用保険の被保険者になる方をマルチ高年齢被保険者と呼びます。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用対象者の要件
①複数の企業に雇用される65歳以上の労働者であること
②2つの企業(1企業あたり週の所定労働時間が5時間以上20時間未満)の労働時間を合計して、週の所定労働時間が20時間以上であること
➂2つの企業のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること
【例(65歳の労働者がパート・アルバイトとして2つの企業で働いているケース)】
A社:1週間の所定労働時間 15時間/契約期間1年
B社:1週間の所定労働時間 8時間/契約期間6か月
A社とB社の2つの企業での労働時間を合計すると週の所定労働時間が20時間以上となります。また、それぞれの企業での雇用見込みも31日以上となるため、雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用対象者の要件を満たします。そのため、本人が雇用保険マルチジョブホルダー制度を希望するのであれば、マルチ高年齢被保険者になることができます。
3つ以上の企業で働いている場合
3つ以上の企業で勤務しているときは、給与等を考慮して、本人が2つの企業を選択することになります。
また、3つ以上の企業で働いていてマルチ高年齢被保険者の適用を受けている人が、選択した企業のうちの1社を離職したとき、それ以外の2社で雇用保険マルチジョブホルダー制度の要件を満たすときは、喪失の届出後に、再度加入の届出が必要です。
受けられる給付金
マルチ高年齢被保険者になると、受けられる給付金は以下の通りです。
失業時の高年齢求職者給付金
高年齢求職者給付金は、被保険者であった期間に応じて30日分または50日分の一時⾦が⽀払われる給付金です。
育児休業給付金・介護休業給付金
雇用保険の適用を受ける2つの企業で対象となる育児休業または介護休業を同時に取得したときに、育児休業給付金または介護休業給付金が支給されます。
教育訓練給付金
教育訓練給付金とは、一定の条件を満たす人が厚生労働大臣の指定する講座を受講し修了したときに、その費用の一部が支給される給付金です。給付金の対象となる教育訓練は、専門実践教育訓練、特定一般教育訓練、一般教育訓練の3種類があります。
マルチ雇入届の手続き
マルチ雇入届の手続をするとき
・届出様式は「雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届(マルチ雇入届)」です。
・マルチ雇入届の手続は、希望する本人が行う手続です。
企業が本人の代わりに手続を行うときは代理人として委任状が必要です。
手続は、希望する従業員の住所地を管轄するハローワークに申出します。
・マルチ雇入届は、遡及して申出ができず、申出した日が取得日となります。
郵送による届出のときは管轄のハローワークが郵送物を受理した日が申出した日となります(電子申請不可)。
・原則、2つの企業の届出を揃えて手続します。
一方の企業の対応が遅れるときは、先に準備できた企業のみでハローワークに申出します。
マルチ喪失届の手続をするとき
・届出様式は「雇用保険マルチジョブホルダー喪失・資格喪失届(マルチ喪失届)」です。・マルチ喪失届の手続は、マルチ高年齢被保険者である本人が行う手続です。
企業が本人の代わりに手続を行うときは代理人として委任状が必要です。
・手続は、マルチ高年齢被保険者の住所地を管轄するハローワークに申出します。
・マルチ喪失届は、被保険者でなくなった日の翌日から10日以内に手続します。
・2つの企業の週の所定労働時間の合計が20時間未満となったときや同時に離職したとき、
1つの企業のみ離職したときもマルチ高年齢被保険者ではなくなります。
離職していない企業のマルチ喪失届の作成も必要です。
・3つ以上の企業で勤務しているとき、1つの企業を離職した際に、その他の2つの企業で、
制度の要件を満たすときは、引き続きマルチ高年齢被保険者としての加入が必須となります。
・本人の希望により雇用保険が適用されるため、任意脱退は認められていません。
企業の注意点
1 通常の雇用保険制度の要件を満たすときはマルチ高年齢被保険者の喪失手続が必要
契約内容の見直しにより、週の所定労働時間が20時間以上に変更になったときは、通常の雇用保険制度の加入手続きが必要です。そのため、マルチ喪失届の手続が必要です。
2 マルチ高年齢被保険者の資格を取得した日から雇用保険料の納付義務が発生
通常の雇用保険制度では要件を満たさず給与が発生していた従業員が、マルチ高年齢被保険者となり、給与計算期間の途中から雇用保険料が発生することもあります。保険料の発生時期にご注意ください。
3 マルチ雇入届の手続のとき、申出の日までに確認書類の準備が必要
従業員から手続に必要な証明や確認書類を求められた場合は、速やかに証明を⾏わなければなりません。確認書類は主に、賃⾦台帳・出勤簿(原則、記載年⽉⽇の直近1か⽉分)、労働者名簿、雇用契約書、労働条件通知書、雇入通知書などです。
マルチ雇入届は申出の日が取得日になります。従業員には、マルチ雇入届の証明や確認書類の準備には時間がかかることを伝え、申出予定があるときは、企業への申出期限などルールを決めて対応してください。
4 マルチ高年齢被保険者から自社以外の勤務状況の報告が必要
雇用保険マルチジョブホルダー制度は、マルチ高年齢被保険者の所定労働時間などの労働契約について企業がすべて把握することが困難であることから、本人が届出主体となっています。マルチ高年齢被保険者となった後の複数企業の勤務状況は本人にしかわかりません。
マルチ喪失届の手続漏れがあると雇用保険料など給与計算にもかかわってくるため、対応が遅れると事後処理が煩雑になります。マルチ高年齢被保険者には、定期的に自社以外の契約内容の見直しや離職状況について報告をしてもらうなどルールを決めて対応されることをおすすめします。
5 社会保険労務士等は提出代行ができない
社会保険労務士や労働保険事務組合が企業の代わりに申請書などの提出手続を行っている場合、マルチ取得届やマルチ喪失届の届出書類を作成することは可能ですが、企業の提出代行者とはなれません。マルチ高年齢被保険者本人が社会保険労務士へ委託し代理人として手続することになります。
6 制度の申出を希望することによる不利益な取扱いは禁止
マルチ高年齢被保険者となることは、雇用保険法に定められた本人の権利です。マルチ高年齢被保険者として雇用保険の適用を希望する者が申出を行ったことを理由として、解雇や雇止め、労働条件の不利益変更など、不利益な取扱を行うことは禁止されています。